1967年の第三次中東戦争時に当時のイスラエルの主力戦闘機であったミラージュVの機体や部品のイスラエル向け輸出をフランスが中止したため1969年からブラックカーテン計画の名のもと国産戦闘機の開発を始めた。 1974年にKfir C2が登場。さらに電子部品等を強化したC7は1983年に就役した。 基本はミラージュVにカナードをつけ、エンジンをより強力な米国製J79に換装した物。
1980年代