大戦初期に大活躍した97艦攻の後継として開発された艦上攻撃機です。三座の大型攻撃機で性能・攻撃力共に大幅に向上しています。 しかし、実戦配備された大戦後期には、米国機動部隊は強力なレーダーを装備して、天山の接近を事前に察知F6Fによる迎撃で対応したために、ほとんど戦果を上げることが出来ませんでした。 日本の機動部隊が壊滅した後は陸上基地から魚雷の運用可能な期待として、重用されました。大戦後期の工業力が落ち込んだ日本において、きわめて高い稼働率を維持した機体でもありました。
1940年代